代表者紹介


吉羽敏郎
TOSHIRO YOSHIBA


1949年6月29日金沢市生まれ。大阪府大手前高校卒業。
1973年 京都工芸繊維大学意匠工芸学科卒業。工業デザインを中心としたデザイン事務所に勤務後、1978年株式会社アイ・エフ・プランニング設立、代表取締役となり現在に至る。1981年アイ・エフ建築設計研究所設立に加わり顧問、1985年自主商品開発・販売会社で代理店機能を有するハート・コーポレーション株式会社設立、エコロジー事業を展開。1992年日本で初めてのエコロジーコンセプトショップ「パラダイムグリーン」を設立、1996年より企業参加型の巨大フリーマーケット「再彩市場」を開催、現在までに20回を越える関西の名物イベントを作り上げた。国際的な動きとしては、1999年中国とのデザイン合弁会社 北京経緯協合設計有限公司設立に参画、副総経理として2年間200日 北京で工業設計の契約業務を行う。その後2001年12月 事業開発デザインの実証としてCPO(中国派酷派酷出資機構)を開設し、上海にカレーレストランチェーン「派酷派酷」の第1号店を開店、合弁会社の設立。董事長を務める。
その他役職としては、 日本インテリアクリエイター交流協会副会長、ミサワインテリアスクール専任講師(休校)等も務める。
 
実務としては、工業化住宅のインテリアシステムデザイン開発を皮切りに、化粧品、食品等のボトル・パッケージデザイン、多数の商品開発、商業地域施設の活性化企画及びプロデュース等を行なっている。1975年大阪マルビル大阪第一ホテルのオープンに際し、事業企画から内装、サイン、広告、販促、備品等のすべての開発に企画デザイン およびプロデュースを実践。それをきっかけに京都ブライトンホテル・リゾナーレ小淵沢をはじめ現在までに30を越えるホテル、リゾート施設、料飲施設、ショールーム等事業施設の企画、デザイン、及びプロデュースも行なっている。またさまざまな業務業態の事業戦略、CI戦略、販売促進戦略、イベント戦略から、それらを統合するプロデュースとそれらに関わる個々のデザイン設計を手がけている。
さらに大阪城公園、大阪府立児童文学館、府立大学国際交流会館等のサイン計画、有名な大阪市のゴミ箱等のストリートファニチュア設計等公共事業のデザイン分野の発展にも力をいれる。またテレビ番組のコーディネート、インテリアコーディネーターの育成事業など広範囲なプロデュース業務とデザイン設計を主たる業務として活動してきた。
また一方、次代創ることを主眼に デザインやプロデュースを1つの方法論、技術ととらえ それらの手法を最大限生かすと共に、「プロデュースやコンサルチングをするには実際の経験が必要だ」という考えから、自主事業テーマをいくつも開発し、実践を重ねてきた。それは「エコロジー」として理論構築とその具体的な実践のプロデュース、「食」にかかわる事業開発が多くいくつも手がけている。
たとえば 1992年から2000年まで営業していた「パラダイムグリーン」、1996年から現在も開催している「再彩市場」、2001年に開催されたジャパンエキスポ北九州博覧祭の環境サブプロデューサーおよび「エコモノショップ」「エコモグ」、北九州発として開発したアース‐ウェアー「帰土」、上海で2001年12月に第1号店を開店させたカレーレストランチェーン「派酷派酷」、その他にも、数々の事業開発、商品開発を独自で進めてきた。
また 情報系の事業開発も、受託ビジネスとは別に取り組み、ウェブサイトとして「ダイレクトゲット」、「ウェブサイト再彩市場」、地方自治別地域情報サービスサイト「おたすけ横丁」等がある。

これらすべての活動は、デザイン・プロデュースのノウハウを事業計画開発に直接導入する実験でもあり、事業をデザインするための これまでのデザイナー・デザイン会社がいうだけで、なしえないことを証明するための挑戦でもある。
「本当のデザイン」とは、事業の経験を踏まえ全体を体系化しながら、かたち作ることである、と考えている。今後さらなる面白い展開が生まれてくると思う。

略歴
●株式会社アイ・エフ・プランニング代表取締役(1978年設立)
●上海派酷餐飲有限公司 董事長(2001年設立)
●再彩市場協議会 会長
●株式会社PDD(1985年設立・2002年社名変更)監査役
●有限会社CID研究所 取締役会長(1994年設立)
●株式会社アイ・エフ建築研究所 監査役 (1981年設立一級建築士事務所イ-10665号)
●有限会社おたすけ横丁取締役(2002年設立)
●日本インテリアクリエイター交流協会副会長 委員長座長(1992年設立)
●意匠学会会員
●京都工芸繊維大学「松ヶ崎」学年幹事