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デザイン業界が本当に重視されるには
何をすればいいのか

このような熟れないまま冬を迎えた業界は、先般のバブル崩壊で大きなダメージを受けている。つぶれはしなくても、価値に対する評価の下落はきわめて厳しい。さらにほとんどが受注生産業者であるデザイン業界は、労働価値に対する評価すらあぶなくなってきている。ひとつには、デザイナーの増加、つまり学校が増えたことによる低レベルでの過当競争も原因である。それは、教育者が現実の実態と離れた昔ながらのデザイン教育をしているので、学校を出てきても産業社会の中でのデザインの存在価値がわからず、単なる作業屋にしかならないことが問題である。

つまり、デザイナーは人のために価値ある形あるものを作り出す職業であるのだが、社会で価値のあるのは「造形」だけでない。もっといろんな意味での価値創造をしてゆかねばならない状況に変わってきているのに、教育の中でデザインをビジネスとして教えていないところに問題があるのである。

自立するデザイナーが現われはじめている

自分でリスクを負って、「モノ」を造りだし、社会に問うことをデザイナーはやったことが極めて少ない。いつも無責任に先生面をしていることが多すぎる。諸先輩方のいくつかの試みは存じ上げているが、成功しているとは言い切れないようである。事業というものは、同じことがいつまでも続くわけではない。必ず衰退期がくる。つねに社会とにらめっこをして考え出してゆかねばならない。

大阪府・大阪市主催の第一回のデザインビジネスショウの折、私はODOUからの任を受けて、いわゆるプロデュースを仰せつかったとき、その幹事選出に、大阪で自立型のデザイン感覚を持ち合わせている人達を中心にお願いした。第三回の委員長をしてくださった井上斌策氏、インダストリアルデザイン業界では開発力と事業感覚のすぐれた飯田吉秋氏、グラフィック業界で自ら商品開発にチャレンジしている斉藤敏樹氏、広告制作業で関西でデザイン事務所としては事業構想力の秀でた本田実氏、それに自ら自動車の開発をするアンクラフトの青木孝章氏、その他10名余りの方々の協力で、初めてのデザイン業界のための催事を開くことができた。この中の数人が集まり、デザイン業を自立させてゆくための情報発信をしてゆこう、ということになった。「KANSAI'D's」という集まりは、この人達が核となり、喜多俊之氏や白井良和氏らが加わったものである。台北で1995年開催された、世界インダストリアルデザイン会議への出展や、第三回のデザインビジネスコンベンションでのアピールなどを行ってきた。各々デザイン手法や分野は異なるが、デザインを出発点としながらも、いろいろな面での社会的発信力をもつ人達の出現である。


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